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『モーツァルトとダ・ポンテ』


ブレッチャッハー 著 (アルファベータ)



台本作家との稀有な出会い
 
 モーツァルトのオペラの中でもダ・ポンテ3部作として名高い『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』『コジ・ファン・トゥッテ』。モーツァルトと台本作家ダ・ポンテとの共作に焦点を当てたのがこの本です。
 
 序文で著者はこう言っています。
 
《本書で扱う三作のオペラを、ヨーロッパ文化最大の名作と認知して、これを保護し常に新しい解釈を加えていく作業は、のちの世代の義務である。この考えはわたしの独善ではないはずである》
 
 この3作品に、最高の評価を与えています。
 オペラが好きな人の中には、モーツァルトのダ・ポンテ3部作に対し、この著者と同じ価値を見出している人も多いはずです。私ももちろんその一人です。
 
 オペラと言えば、作曲家のことを思いがちですが、考えてみれば台本作家も重要な当事者ですよね。オペラが成功するためには、台本作家の卓越した技量が必要です。
 
《この四百年間の、劇場における、言葉と音、文学と音楽の共同作業がもたらしたかくも幸運なケースは実に稀有である》
 
 そしてこの稀有な出会いが、復興の名作を産み落としていくのだと思います。
 モーツァルトとダ・ポンテは、間違いなくその稀有な例に当たります。
 
 モーツァルトが初めてダ・ポンテの名前に触れた父宛の手紙が紹介されています。興味深いので引用しておきます。
 
《司祭のダ・ポンテとかいう詩人がいます。この人はいまや劇場の改良に猛然と取り組んでいます。職務でサリエーリのために新しい台本を書いています。それは2か月前にはまだ終わっていなかったようです。そのあとで彼は僕に新しい台本を書くと約束してくれました。彼がそうなってから約束を守れるのか、誰も分かりません。守る気があるのかも不明です。ご存じでしょう、イタリア人は直接会えばとても慇懃なのです。充分、僕たちは彼らを知っていますよね。彼がサリエーリと理解し合っているなら、僕は一生作品なんかもらえないでしょう。だけど僕は是非イタリア語のオペラでも才能を発揮したいのです》
 
 この本は、非常にすぐれた一次資料を提供してくれます。私がとてもおもしろいと感じたのは、『フィガロの結婚』の初演でバジリオとクルツィオの2役を歌った当時まだ22才の歌手マイケル・オケリーが語る『フィガロの結婚』の初演時の様子です。これを読むと、初演時の様子をまざまざと思い浮かべることができます。ぜひおすすめの箇所です。
 
 また、モーツァルトがオペラのために要求した配役についてもこんなことが書かれていました。
 
《そのときなにより必要なのは、全体としてまったく喜劇的な台本。そしてできるなら、同じようにすぐれた女性を二人、そこに配したい。一人は真面目(セリア)、もう一人は中間的な性格(メッツォ・カラッテーレ)にする。でも、誓って二つの役は同等に重要なのです。第三の女性はまったくブッファでよい、そして必要に応じて男性も全部の役を出す》
 
 あの「作られた」物語、『コジ・ファン・トゥッテ』のことを思い起こさざるを得ません。モーツァルトが考えていたことに触れることができて、非常に刺激的な本です。
 
 『ドン・ジョヴァンニ』についても取り上げておきましょう。著者は、モーツァルトとダ・ポンテの関係性のほか、第2部として作品解説をしています。その中で、「ドンナ・アンナの秘密」と題して、こんなことを指摘しています。
 
《事の真相を決めつける前にそれぞれの論拠に耳を傾けてみよう。なんといってもこの出来事には3人の証人がいる。レポレッロは、主人が騎士長の娘を犯したと主張し(レポレッロは「娘は手込めにされ」と言葉に出して言っている)、ドンナ・アンナは肉体的に迫られたことを白状するが、結局は助けを求めて悲鳴を上げたので見知らぬ男は逃げていったと言い、ドン・ジョヴァンニはその日の冒険についてなにもかも不首尾だったとぼやいている。これらの陳述はどのように評価できるだろうか?》
 
 これはまるで芥川龍之介の『藪の中』の世界ではないでしょうか。ドンナ・アンナについて私は今まで、もやもやとした人物像しか描くことができなかったのですが、この本の記述から多くのサジェスチョンを得ることができました。
 
 数あるモーツァルト本の中でも、よくできた本だと思います。本の中から著者のモーツァルト、いや、オペラに対する愛情がにじみ出ているのがよく伝わってきます。
 
《音楽劇は、あらゆる芸術ジャンルのなかでも最も豊饒なものとして、すべての芸術を統合するだけでなく、この統合から新たな、さらに偉大なものを創出し、それを人間のすべての感覚に鮮烈に訴えかけてくるものなのである》
 
 私は近頃、オペラそのものに対して、その存在の意味をついつい考えてしまいます。オペラは一体、現在の私たちの生活にとって何を意味するのでしょうか。そして将来、オペラはどこに向かっていくのでしょうか。ぼけっとオペラを見ていないで、いろいろ考えたいと思います。
 






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