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『史上最強のオペラ』


ヴォルピー 著 (インプレザリオ)



オペラハウス総支配人のユーモア
 
 メトロポリタン歌劇場の総支配人ジョセフ・ヴォルピーが書いたこの本は、オペラ界の裏話が満載で、オペラ好きならかなり楽しめる本です。
 
 見習い大工から総支配人まで登り詰めたヴォルピーは、1990年から総支配人の地位にあり、2005-2006シーズンをもって引退しました。
 
 本の前半は、総支配人になるまでのサクセス・ストーリー、後半は、「ザ・ボス」となってからの出来事がまとめてあります。おそらく後半部分の方が、オペラ歌手にまつわるいろいろな話が出てきておもしろいだろうと思いますが、前半部分も読む価値があります。
 
 前半部分で私が一番印象に残った箇所は、ある富豪の未亡人シビル・ハリントンにまつわる話です。ゼッフィレッリがお気に入りで、ファッジョーニには支援しなかった彼女は、メトロポリタン歌劇場の新作16作品(シェンクの『こうもり』、モシンスキーの『オテロ』なども含む)に3,000万ドルの寄付をしました。
 
 そうしてシビル・ハリントンは、シーズンが始まると毎日メットに通い、《理事会のメンバーと昼食をとるより、裏方や舞台背景の画家、かつら係の仕事ぶりを眺めている方がずっと楽しいようだった》そうです。ありあまる財産を得た婦人が望んでいたものが、こうした日常であったのですね。こういうところに私は、オペラというものの懐の大きさを感じます。
 
 メトロポリタン歌劇場といえば、指揮者はレヴァイン。総支配人ヴォルピーは、レヴァインとはうまくやっていたようです。《私が総監督になって絶対にしたくなかったことは、ジェームズ・レヴァインと気まずい関係になることだった》との記述もあります。レヴァインは、オペラとは80パーセントは「音楽」で、20パーセントが「舞台」の仕事だと言っていたようです。この比率は興味深い。ちなみにヴォルピーは60・40と感じているようです。私は・・・どちらかというとヴォルピーに近い比率を考えているかなと思います。
 
 ヴォルピーとは演出に関する考え方についても、共感できます。
 
《私はヨーロッパ人が「ディレクション・オペラ」と呼ぶものに本当に嫌気を感じるようになった。演出家が個人的な「見解」によって作品を何か訳の分からないものに変化させるのだ。(中略)このように革新者であるかのようなふりをして学識をてらう人は、本当はオペラの注釈をしているに過ぎない。私は学校に行き直すようなことには興味がなかった》
 
 誰でも少しはこのように思っているのではないでしょうか。おもしろい演出があるのは確かですが、やりすぎ、もしくは独りよがりは、私も時々嫌気を感じることがあります。
 
 さて、後半部分では、やはり歌手のエピソードが注目です。バルトリ、ノーマンなど多くの歌手の逸話が出てくる中で、やはりキャサリン・バトルのことは「バトル賛歌」という一章を設けて詳述してあります。このバトルの事件のことはオペラ・ファンにはおなじみだと思いますので、ここで詳しく紹介することを避けますが、一つだけ。バトルの周りの人の反応で、その人のことがよくわかることもあります。例えば、指揮者ティーレマン。
 
《リハーサル中、キャスリーン(バトル)は第2幕の最初の場面途中で歌うのを中断した。フットライトに近づくと、この一節をティーレマンにどのように指揮してほしいかを説明した。「オーケストラは歌手の伴奏なはずよ。オーケストラが主役じゃないのよ」と噛み付いた。ティーレマンは彼女を煩わしいハエを見るような目で見ると、演奏を再開した。彼のやり方で。キャスリーンは逃げるように楽屋に帰って行った》
 
 ハエはともかくとして、ティーレマンの演奏を聴いてみたくなります。
 
 また、ヴォルピーはパヴァロッティと仲が良いらしく、パヴァロッティのエピソードが多く紹介されています。散々、食べた後に、アイスクリームが4つ出てきたのを、3つあっという間に平らげて1つを残し、それを「体重を減らす鍵」だと言っていました。おもしろいですね。
 
 最後に、メトロポリタン歌劇場の座席の後ろに「字幕」を導入したのはヴォルピーです。レヴァインはメットに字幕を導入するなら「自分が死んでからにしてくれ」と言っていたようですが、ヴォルピーはこの字幕の効果についてかなり満足の様子です。
 
 字幕の良し悪しについては、また違う機会に考えてみたいと思います。
 






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