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新国立劇場『運命の力』


ヴェルディ「運命の力」
2006.03.21 Tue. 15:00 新国立劇場(大)
井上道義(指揮) サージ(演出)
東京so.新国立劇場cho.
 レオノーラ  シャファジンスカヤ S
 ドン・アルヴァーロ  ディーン・スミス T
 ドン・カルロ  ロバートソン Br
 プレツィオジッラ  坂本朱 Ms
 グァルディアーノ神父  コルホーネン Bs
 フラ・メリトーネ  晴雅彦 Br
 カラトラーヴァ侯爵  妻屋秀和 Bs
 クッラ  鈴木涼子 Ms
 マストロ・トラブーコ  加茂下稔 T


底辺に流れる敬虔さ
 
 今回の新国立劇場の『運命の力』は、私にはすぐに評価できるというものではなく、何か引っかかるものがありました。マイナスの意味で言えば、私は何か苛立ちを感じていたのかもしれません。しかし、私には様々な刺激があり実に興味深いものでした。
 
 それを顕著に現しているのが、レオノーラ役を歌ったアンナ・シャファジンスカヤ(S)です。声量は十分で迫力満点なのですが、その歌唱は少し雑です。この力強い声を聴いていて、私は一体何に自分が苛立っているのかと思っていて、ふと気が付いたことがありました。それは、このレオノーラという役の持つ信仰心、敬虔さといったものが感じられなかったことです。
 
 『運命の力』は一面的には復讐劇として捉えることができるでしょう。運命に翻弄されながら、レオノーラは父、兄を失い、そして自らも兄に殺されることになります。こうした恐ろしく、血なまぐさい展開は、あたかもこのオペラに、終幕へと向かう迫力だけを求めがちになります。しかしこのオペラには、時代の移り変わりを強く意識しながらも、その底辺にキリスト教の深い信仰心が脈々と流れているのであり、「動」の中に大切な「静」を表現することが求められるのではないでしょうか。シャファジンスカヤのレオノーラは、私のレオノーラ像とは違う位置にありました。
 
 
求める方向性の違い
 
 さて、このように私は理解したのですが、インターネットで今回の公演の評判を調べてみると、シャファジンスカヤのレオノーラは総じて評価が高く、私の目もふし穴だなあとがっかりしていたところ、ひとつ、クラシック・ジャパンの「即評」というブログにおもしろい評論を見つけました。
 音楽ジャーナリストの香原斗志氏は、「ヴェルディらしさ」というような論点から次のように言っています。
 
《アンナ・シャファジンスカヤは、確かに、このところ数少ないドラマティック・ソプラノの大器であり、質量がありスケールの大きな声には感嘆させられる。しかし、こと表現に関しては、本来、ヴェルディの要求は、少し違ったところにあったはずだ。ドラマティックにしてなお柔らかいレガートなフレージング、メッツァ・ヴォーチェを駆使した強弱の効果…。それをヴェルディはスコア上でも明らかに求めているが、彼女はそういう点には意外なほど無頓着であった。》
 
 私は、感覚的に捉えていましたが、香原氏は技術的です。この後、音楽面について次のようにも述べています。
 
《同じ傾向は、井上道義の指揮についても言える。遅めのテンポで、おどろおどろしい情念を含んだ、この作品ならではの陰影を描き出すとともに、局所的には旋律を丁寧に浮かび上がらせていたが、それが総体として、これまでヴェルディらしい音楽だといわれてきた、くっきりとしたラインを描いた奔流となるには至らない。それは、これまである人たちが、ヴェルディ作品には不可欠と考え、求めてきた味付けを抜き取り、作品が育まれた文化的土壌から切り離して抽象化した〈運命の力〉だった。》
 
 こうした言及をしても香原氏は、客席が今回の公演に拍手を送っていたことを認めた上で、「(ヴェルディ)らしさ」に欠けた演奏の意味や是非について問題提起をしています。今時の音楽評論家には見られない柔軟な考え方です。
 
《文化的伝統も物理的な距離も西洋から遠く隔たった我々日本人がオペラを再現する際に、常につきまとう永遠の問いである。もちろん、作品を「らしさ」という曖昧な文脈から切り離し、「世界標準」ともいうべき共通言語でくるんでも構わないという考え方もあるだろう。》
 
 この論点に従えば、要するに私は直感的に「らしい」演奏を期待していたようです。少し頭が固かったのかもしれません。このようなオペラの演奏に関する問題はこれからも何度となく考えていかなければならないと思います。
 
 
その他の評価
 
 注目していたエミリオ・サージの演出は、最初、立体的な舞台転換や構成など期待を持ちましたが、終幕に向かうに従って、あたかも常に赤く血に染まっていたかのような色づかいに象徴されるように、「運命」を表面的になぞったドラマとなってしまったことが残念です。
 
 アルヴァーロ役のロバート・ディーン・スミス(T)の声色は私の好みでした。
 新国立劇場合唱団は健闘していました。
 
 
 それにしても、いつか、底流を感じられる(「らしさ」を感じられる)『運命の力』の公演にも、出会えたらいいなと思います。
 
 
                             (2006/03/25)





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