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おまけ 小泉首相のオペラ鑑賞






小泉総理はオペラ好き

小泉純一郎元首相の趣味といえば、オペラ。これは、首相在職中から有名な話でした。2003年8月にドイツ、ポーランド、チェコの欧州3か国を訪問した際にも、シュレーダー独首相とともにバイロイト音楽祭を訪れ、ワーグナーの『タンホイザー』を鑑賞しました。小泉内閣メールマガジンにも、小泉首相自身のメッセージとして、
 
《ドイツでは、シュレーダー首相の招待で、歴史あるバイロイト音楽祭で、ワーグナーの「タンホイザー」を堪能することができました。バイロイトでワーグナーを聞くのが夢だった私にとって、オペラの楽しさを味わえた、忘れられない素晴らしい音楽に酔った一晩でした。
今回の招待は、昨年のカナダでのサミットから帰国する際に、日本でのサッカー・ワールドカップ、ドイツ対ブラジルの決勝戦を観戦するシュレーダー首相を日本の政府専用機にお乗せしたのがきっかけです。》
 
とあります。
相撲ファンとして知られるフランスのシラク大統領が、相撲観戦のために日本にやってきたと聞くと、我々日本人には好感を持って受け入れられますが、小泉首相もドイツの人々に親しみを感じてもらえたのではないでしょうか。
 
小泉首相は一時、エルビス・プレスリーに夢中になっていました。2006年6月に訪米した際、ブッシュ大統領とともにプレスリーの邸宅を訪れたことも記憶に新しいところです。
 
プレスリーに夢中になった後、小泉首相はテレビでデル・モナコの歌う『アンドレア・シェニエ』を見て、こんなすばらしい音楽があったのかと、オペラに目覚めたのでした。
 
さて、私も小泉さんが首相のときにオペラ鑑賞しているのを目撃する機会が3回ありました。ここでは、そのときの様子をお伝えしてみようかと思います。



「純ちゃんフィーバー」とオペラ

まず最初に私が小泉首相のオペラ鑑賞の場に居合わせたのは、2001年12月15日の新国立劇場『ドン・カルロ』の公演でした。
 
この年の4月に森喜朗首相の後を継いで首相になった小泉首相は、8月の参院選で「純ちゃんフィーバー」と呼ばれる驚異的な人気で圧勝しました。そして9月11日に米国で同時多発テロが発生したときには、いち早く米国支持を打ち出します。そんな政治、外交での大きな出来事が続いた年の12月、新国立劇場に小泉首相は現れたのです。
 
開演時間ももう間近というときに、1階席の後方になにやら背広姿の男たちがずらずらとならび始めました。私は2階バルコニー席に座っていたので、その様子がよくわかりました。この当時、すでに小泉首相のオペラ好きは皆の知るところとなっていましたので、これはもしかして・・・という予感は、そこにいた人の誰もが感じたはずです。



小泉首相のオペラ鑑賞の様子

そして、やはりそこに現れたのは小泉首相でした。客席から大きな拍手をもらいながら通路を歩いてきます。小泉首相は手を振って応えました。席はというと、真ん中のブロックの10列目ほどの通路側で、となりにはお付きの人が座りました。
 
小泉首相は席に着くと、一呼吸おいてから、あたりを見渡しました。そのとき、ちょうど私の座っていたこちら2階バルコニー席の方を眺めたのです。ミーハーな私はつい手を振ってしまいました。そうすると、小泉首相はそれに気が付いて、手を振り返してくれました。私は、そのときは一応うれしかったのですが、周りの人に注目されてかなり恥ずかしかったことを思い出します。
 
この日の演目であるヴェルディの『ドン・カルロ』といえば、ドン・カルロの父であるスペイン国王のフィリッポ2世が重要な役回りとなっています。第2幕では、そのフィリッポ2世を称えて、次のように人々が大合唱します。
 
《歓喜の日が明けた
 国王の最も偉大な誉れのために!
 彼は民衆の信頼を得ているし、
 世界は彼の足下にひれ伏している!》
 
小泉首相は、これをどんな思いで聴いていたのでしょうか。そして、このとき誰が、その後の5年以上にも及ぶ長期政権となることを予想していたでしょうか。私にはなぜかこのときの合唱のシーンが忘れられません。
 
この日、エボリ公女役に出演予定だったバーバラ・ディヴァーが降板となり、代わりに藤村実穂子が歌いました。オーストリア等で長く活躍していた藤村は、この年の3月に日本デビューを飾ったばかりでした。今では、彼女の実力は十分すぎるほど日本の観客にも知れ渡っているところです。小泉首相がカーテンコールの途中で退席しようとしたときに、あわやオケピットから乗り出さんばかりに、この藤村へ拍手を送りました。確かに、周りを外国人歌手で固められながら、その堂々とした歌いぶりは注目に値していたと言えます。

小泉首相は、
《今日はもう感激した。すばらしい舞台だった》
《『ドン・カルロ』は好きなんだけど、これだけいいのは世界でもなかなか観られない》
 
と絶賛していました。



小泉首相のライバルは・・・

さて、小泉首相の任期の前半に、相手方として先頭に立っていた当時の民主党代表は鳩山由紀夫衆院議員でした。鳩山代表も、実はオペラは大好き。けれど、小泉首相と違って派手な登場はしません。
 
2002年5月11日、鳩山代表も新国立劇場に現れました。演目はプッチーニの『トスカ』。この日、鳩山代表が奥様を連れてオペラを鑑賞していたことを、客席のどのくらいの人が知っていたでしょうか。鳩山夫妻は、もう開演時間ぎりぎりというところで、1階席最後列の一番端の席に座りました。私はこのときも偶然、2階バルコニー席に座っていたため、客席を広く見渡すことができ、その様子を見ていました。
 
鳩山夫妻は、休憩時間もすぐにいなくなりましたし、終演後もすぐにいなくなりました。このとき国会で論戦を交わしていた小泉首相とは、まったく違ったオペラ鑑賞でした。



郵政民営化前の小泉首相のオペラ鑑賞

2回目に小泉首相のオペラ鑑賞に居合わせたのは、それから時は過ぎて、2005年6月18日。この年の国会は「郵政国会」として、小泉首相の持論であった郵政民営化を実現するために、オペラ鑑賞の日の前日17日には、衆議院本会議において55日間の会期延長が決定されたところでした。その後の展開としては、郵政民営化法案は7月15日に衆議院本会議で僅差で可決しましたが、8月8日の参議院本会議で否決され、解散総選挙へとなだれ込むこととなります。
 
国会でそんなひと騒動が待ちかまえている前のこの日、小泉首相は、オーチャード・ホールに現れました。サン・カルロ歌劇場の引っ越し公演、ヴェルディの『ルイザ・ミラー』を観に来たのです。
 
この公演は、サン・カルロ歌劇場の初来日という記念すべき公演だったこと以上に、ソプラノのバルバラ・フリットリの初来日であったことが注目されていました。『ルイザ・ミラー』という比較的マイナーな作品を取り上げたにもかかわらず、オペラ・ファンの間では評判になっていたのは、このフリットリが出演することにあります。小泉首相がこの公演を選んで出掛けたというのは、なかなかの「通」だったと言えるでしょう。
 
さて、このときは私は後方の席に座っていたため、小泉首相の様子を詳しく確認することができませんでした。しかし、休憩時間にそのチャンスがやってきました(チャンスと言うほどのことではないのですが・・・)。
 
私が、休憩時間に妻といっしょにホワイエをうろうろしていると、いきなり背広の男の人が「ちょっと道を開けてください!」と言うのです。そんなぶしつけに言われると嫌なものです。ここは国会ではないのですし、休日にゆったりとオペラを楽しんでいるのですから。それに総理大臣が来ているなどという事情の説明も受けていません。とはいうものの、ふと「道を開けろ・・・ということは、ここを総理が通るのかな」などと思いました。余計にその場を離れるのは惜しい気がします。
 
案の定、そこに小泉首相が歩いてきました。SPの人に囲まれていましたが、私のすぐ近くを通っておそらくVIPルームに向かって行きました。またしてもミーハーなことをしてしまいました。
 
さっき、この6月18日の前日17日に、国会の会期延長が決定されたと言いました。実はこのとき19日が国会閉会予定日だったのです。でも、18日は土曜日、19日は日曜日。ということは、原則、国会は土日に本会議が開かれることはありませんから、実質17日の金曜日に会期延長の議決をすることになります。
 
このとき野党は郵政民営化法案を廃案に追いこむため、徹夜国会をしてでも会期延長を阻止しようとしていました。もしそうなると、土曜日、日曜日にまで本会議が続き、小泉首相はオペラを観に行くことができなくなってしまいます。
 
結果として、徹夜国会にはならずに、案外簡単に延長が決まりました。

小泉首相は、
《90%来られないと思っていた。運が良かった。》
 
と述べていたようです。私には全く関係のないことですが、良かったですね。そして、この『ルイザ・ミラー』を鑑賞した後は、
 
《感動した。これだけのいいオペラは珍しいね。ラブ・イズ・ベスト!》
 
という感想を残しています。



郵政選挙に勝利した小泉首相のオペラ鑑賞

この後、参議院本会議での郵政民営化法案の否決を受けて、小泉首相が解散総選挙に打って出たことは周知のことと思います。「刺客」や「くノ一」と言われた候補が、郵政民営化反対の候補の選挙区で戦いました。小泉首相が解散総選挙を表明した記者会見で、テレビに向かって「国民に問いたい」と言ったとき、すでに勝負がついていたのかもしれません。2005年9月11日の総選挙で、郵政民営化賛成派が圧勝しました。
 
郵政民営化法案は、その後の国会に再提出され、10月14日に成立します。小泉首相の念願が叶ったわけですね。私が3度目に小泉首相のオペラ鑑賞に居合わせたのは、10月1日に東京文化会館で行われたバイエルン国立歌劇場の引っ越し公演でした。
 
このときの演目は、ワーグナーの『タンホイザー』。そうです、バイロイト音楽祭でシュレーダー独首相といっしょに鑑賞したときと同じ演目です。小泉首相にとって『タンホイザー』は、ワーグナーを好きになったきっかけでもある作品のようで、どうやらかなりお気に入りのようです。
 
このときも、
 
《序曲が流れてくると、自然に涙が出てくる》
 
と語っていました。そして、この公演については、
 
《感動しました。酔っているという感じかな・・・》
 
と言っています。
 
酔っている・・・。なるほどこのとき小泉首相は、なりふりかまわずに打って出た解散総選挙で大勝利を収め、その勝利に酔っていたかもしれません。
 
東京文化会館に入ってくるときも、多くの暖かい拍手に迎えられました。それは「国民に問いたい」と表明した総理に対する、国民からの返答だったかのようでした。
 
こうしたオペラ公演などの場に現れたとき、小泉首相は自らの支持率を実感するのではないでしょうか。世論は熱狂的であり、逆に冷淡でもあります。こうして見事、選挙で勝利したときには勝者として迎えられますが、例えば、小泉首相が勇退する間近の2006年6月にボローニャ歌劇場の『アンドレア・シェニエ』を鑑賞したときには、ブーイングで迎えられたという話も聞いています。世論は、離れていくのもはやいものです。
 
そういえば、先に紹介した私が初めて小泉首相と居合わせた新国立劇場の『ドン・カルロ』で、フィリッポ2世を称えて歌われる合唱について言及しました。もう一つ思い出したことがあります。この『ドン・カルロ』の中で、スペイン王フィリッポ2世は、自ら次のような台詞を歌うのです。
 
《私の頭上には王冠が重くのしかかっている
 私の悩みと悲しみを知ってくれ》
 
一国の首相ともなれば、どのような気持ちになるのでしょうか。私には想像もできません。けれど、オペラ鑑賞は、誰にでも楽しいひとときを提供してくれるのでしょう。首相が感動したオペラを、私も感動したのですから。
 
(おしまい)
 

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