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『一枚のディスクに』


井坂紘 著 (春秋社)



スタジオ録音を聴くときの楽しみ
 
 私がクラシック音楽を聴き始めたころ、ライブ録音のディスクを買うことを避けていました。一枚のディスクに収められた一つの音楽の記録を買うのであれば、できれば、傷の付いていない「完成品」がほしいと思ったからです。雑音や、拍手の音が入るライブ録音は聴いていて不快でした。
 
 それが、次第にスタジオ録音よりライブ録音の方がいいと思うようになっていました。なぜなら、ライブ録音でも、私の家のスピーカーからはスタジオ録音と変わらないくらい綺麗な音が出るようになったこと、また、1回きりのライブの良さを知り、スタジオ録音の音楽に何か窮屈なものを感じたことなどの理由があったからかと思います。
 
 ところが、このライブ録音でさえ、粗悪な放送録音以外は、数回の本番やリハーサルの音を使って編集してあるんですね。ノイズや拍手の音がないライブ録音も多くあります。
 
 この本は、スタジオ録音の編集にたずさわる「レコード・プロデューサー」である著者が、その仕事の方法を紹介し、その重要性を説いています。
 
 なかには、私を驚かせることがたくさん書かれていました。例えば、
 
《二カ所、違ったところで息を取って、それぞれのブレスを避けるように編集する》
 
《二つの違ったテイクを「乗り換える」編集の原則は、普通フォルテないしフォルテッシモの衝撃音でつなぐ》
 
というような、実際言われてみると、やはりそうだったのか、と思うようなことをズバリ紹介してくれます。
 
 思っていたより多くの「切りばり」「つぎはぎ」がなされているようです。
 
 そして、著者はこうした編集の「妙」を追求し、そして「録音芸術」を追求するプロデューサーという仕事に誇りを持っているのです。
 
 それでも、独善となることなく周囲の状況はよく見えています。
 
《多くの人が、録音された音が編集され、再構成されることに、何らかの抵抗感を抱いている》
 
として、私たちの不安感をも察してくれます。
 
 また、この本でインタビューを受けているウィーン・フィルの第一コンサートマスターのヴェルナー・ヒンクは、次のように指摘しました。
 
《一方では、自分が今まで築きあげてきた音楽性というか、音楽の流れがなくなってしまわないように気をつけなければなりません》
 
 なるほど。
 やはり様々な事象のバランスというものが大切なのでしょう。
 
 さきほど私は、スタジオ録音よりライブ録音を好んでいると言いました。この本を読んでみて、その考えが変わったわけではありません。しかし、次のグレン・グールドの言葉には、ハッとさせられました。
 
《編集はミスタッチに対する恐怖を除去し、稀有な美の瞬間を永遠性のあるものにする》
 
 スタジオ録音のディスクを聴くときの楽しみを、一つ増やしてくれる、とてもうれしい本です。







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