私が観た日は、6回公演のうちの初日でした。初日は、独特の緊張感があっていいですよね。緊張感というものは、他人に伝わります。音楽の演奏に欠かせない集中力が、最後まで持続していて、とてもいい公演でした。
特に良かったのは合唱。この『フィデリオ』というオペラは、合唱が非常に重要な役割を担っているのですが、それをきちんと実現してくれました。
囚人の合唱には、水口聡(T)、青戸知(Br)という藤原と二期会の実力派歌手をソリストに配置していました。この男声合唱は、今回の公演で一番の見所になっていたはずです。
マルコ・アルトゥーロ・マレッリの演出はスタンダードなものだったと言えます。見苦しくもなく、物足りなくもなく……、『フィデリオ』の世界観がよく出ていたのではないかと思います。
ただ、レオノーレが男装する着替えのシーンを、序曲の途中から始めていましたが、これは私には少し邪魔でした。私としては、序曲ではベートーヴェンの音楽を集中してじっくりと聴きたかったのです。
一工夫されていたのは、第2幕のフィナーレの場面で、合唱が新郎新婦の格好(女性はウェディングドレス)で出てきたところでしょうか。オペラの主題が「夫婦愛」ということから、意図が非常にわかりやすいですし、全体の舞台デザインとの調和の点からも、それほど違和感は感じられません。いいアイデアでした。
歌手陣では、ロッコ役を歌ったハンス・チャマー(Bs)が、確実な歌唱と演技でオペラ全体を引き締めました。本来、ブッファの役柄であるロッコを、どちらかと言えば、まじめに、実直に演じていました。こういった歌手の存在が、オペラ公演には欠かせないと思います。
また、ラストの場面で、重要な役を担うドン・フェルナンド役を歌った河野克典(Br)も良かったと思います。主役陣を外国人で固めたキャストの中で、ドン・フェルナンドにドイツ・リートの分野で確固たる実績を残している彼を起用したのは、いい選択でした。品のある歌唱が、ラストシーンを印象深いものにしました。
それにしても、この『フィデリオ』というオペラを聴いていると、ベートーヴェンの不器用さというか、悪戦苦闘して作曲している姿が目に浮かびます。整った形式は気持ちよく感じますが、いまいち音楽が前に進みません(オケのせいでしょうか?)。
歌手の歌にも、普通に歌われる以上の重さが感じられましたが、オペラの最初から最後まで出ずっぱりのレオノーレ役を歌いきったガブリエーレ・フォンタナ(S)は、最後まで安定した歌唱を続けました。フォルテを出すときも、叫ぶのではなく、落ち着いた音色を維持していて、とても聴きやすかったです。
フロレスタン役のトーマス・モーザー(T)も立派。いくぶん客席からの拍手が少なかったようでしたが、アリアの難しさから考えれば、十分な出来だったのではないでしょうか。
(2005/05/29)
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