今回の公演では、イタリアのソプラノ、バルバラ・フリットリ(S)の日本デビューが注目されました。
フリットリが日本のオペラ・ファンに広く知れ渡ったのは、NHK衛星第2でミラノ・スカラ座『イル・トロヴァトーレ』が放映されてからではないでしょうか。このときは、テノールのリチートラに注目が集まっていたのですが、共演していたフリットリに目が(耳が)奪われた人も多かったはずです。
フリットリが日本デビューのために選んだオペラが、ヴェルディの『ルイザ・ミラー』でした。
なぜこんなマイナーなオペラを選んだのかは、実際に観に行ってよくわかりました。フリットリの演じたルイザ役は、ソット・ヴォーチェ(弱く柔らかい声)を駆使しなければならない難しい役だったのです。強くて大きな声を出すソプラノはどこにでもいますが、弱音を駆使して、しかもその声で客席を感動させることができる歌手には、めったに出会うことができません。そして、フリットリが最も得意とするのが、このソット・ヴォーチェなのです。
彼女の経歴を見てみると、メトロポリタン歌劇場や英国ロイヤル・オペラハウスでも『ルイザ・ミラー』を歌っています。このオペラは世界の有名歌劇場といえど、普段あまり上演しないオペラなので、不必要に他のソプラノと比較されることもないでしょう。フリットリにとっては、得意な技術を正当に評価される舞台となるわけです。
相手役のロドルフォには、ジュゼッペ・サッバティーニ(T)を連れてきました。これも最良のキャスティングだったと思います。
ただ声を張り上げるだけのテノールでは、せっかくのフリットリの歌唱が台無しになってしまいます。サッバティーニは、現在活躍中のテノールの中でも、弱音による声で完璧に歌うことのできる数少ない歌手です。彼にとって、今回のロドルフォ役は初めて挑戦する役でしたが、見事に歌いきりました。
サッバティーニの声はヴェルディには合わない、という意見もあるかとは思いますが、私はそうは思いません。
一昔前なら、ヴェルディの太い旋律を歌うためには強い声を必要とするという考え方が主流だったかもしれませんが、今やそういった考え方は古いものでしょう。アーノンクールが指揮したヴェルディ『アイーダ』のCDでも、主役ラダメスに、強い声というより、スタイリッシュな声を持つラ・スコーラ(T)を起用して成功していることからも明らかです。
私は決して従来のヴェルディの演奏を否定しているわけではありません。むしろ、その力強さにも魅力を感じますし、それを追い求めてもいます。
ただ、「ヴェルディの演奏はこうでなければならない」と最初から決めつけてしまうことに抵抗を感じます。私は、それぞれアプローチの仕方の問題だと思うのです。その演奏の意図がどれだけ作品の意図に接近できたか、そういう考え方が重要だと思います。
今回、マウリツィオ・ベニーニが指揮するサン・カルロ歌劇場管弦楽団は、フリットリとサッバティーニという繊細な表現を得意とする歌手を得て、センスのいい演奏を実現していました。
少し速めのテンポでサクサクと進み、ヴェルディの音楽をより軽快に生き生きと聴かせることに成功しています。加えて、ラストに向かってオペラを劇的に盛り上げたその技術は、さすが本場イタリアのオペラハウスだけあって、やはりオペラを知っているのだなあと感嘆しました。
この公演くらいのオペラをやってくれたら、誰も文句はないのでは。演出をもう少し工夫してもらいたかったところですが、全体的に非常にレベルの高いオペラ公演となりました。
(2005/06/19)
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