新国立劇場2005/2006シーズンの開幕公演となった今回のオペラで、最も注目されたのは、ザックス歌いとして名高いベルント・ヴァイクルが演出をする、ということではなかったでしょうか。経験が浅く、実力が未知数である演出家を、どうして招聘するのだろうかという疑問が最後まで残りましたが、やはりこれだけの歌手が何を出してくるかという期待も大きくありました。
結果的には、オーソドックスな手法で、舞台は見やすいものでした。絵画的と言ってもいいかもしれません。例えば、第1幕のエーファが赤い上衣に青いマフラーで聖母マリアを象徴した姿から、第3幕では白いドレスで花嫁姿となったり、また、小細工なしの舞台に照明の操作によって彩りを加えたりしています。
といっても表面的な体裁を整えるばかりでなく、ザックスの仕事場に「ワーグナー」と「ザックス」の肖像画を掲げ、ワーグナーと対立した批評家ハンスリックに見立てたベックメッサーに「ワーグナー」の肖像画の方を威嚇させるなど、オペラを読み込んだりもしています。観ていてわかりやすく、それでいてよく考えられている演出でしたが、それでもやはり現在の一流演出家の作品と比べると、少し浅いかなと感じました。
ただ、どっしりと構えたオーソドックスな演出には好感が持てます。欲を言えば、こういった手堅い演出のときは、日本人歌手で固められたマイスタージンガーたちの細かい演技は、観ていてうるさく感じられるのでわきまえてほしいところです。
舞台背景には常に壁が置かれて、ぶ厚いオーケストラに歌手の声が負けないようにされていて、いかにも歌手出身の演出家らしい配慮もありましたが、そのために狭くなった舞台の上では、登場人物の配置や出入りがスムーズでなく、技術的な問題も見え隠れしました。
同時期に同演目を上演するバイエルン州立歌劇場の引っ越し公演と比べて、ネームバリューは見劣りする歌手陣ではありましたが、総合的にみて、全く不満のないレベルでした。特筆すべきはエーファ役のアニヤ・ハルテロス(S)で、なかなか聴かせます。これからの活躍にも期待できます。ヴァルター役のリチャード・ブルナー(T)も、うまく歌ったと思います。聴きやすいマイルドな声でした。ポーグナー役のハンス・チャマー(Bs)は、新国立劇場には『フィデリオ』に続く出演。『フィデリオ』のときも書きましたが、この歌手の歌唱と演技はすばらしいものです。
肝心のザックス役のペーター・ウェーバー(Br)は、この役が初役とのこと。歌唱には満足しましたが、もう少し威厳のあるザックス像が、私の好みです。それとは逆にベックメッサー役のマーティン・ガントナー(Br)には、もう少しキャラクターを崩してほしかったと思います。
今回の公演で、一番よかったと思えたのは、指揮者のシュテファン・アントン・レックがつくった全体の音楽の流れでした。ワーグナーの音楽に逆らわず、前へ前へと進んでいきます。それでいていくつかのフェルマータでは十分に間合いをとっていて、そしてその間合いが絶妙でした。
(2005/09/24)
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