《演じる側にとって、喜劇は悲劇よりも遥かに難しいもの》
と、今回、演出を受け持ったハインツ・ツェドニクが語っていましたが、歌手として百戦錬磨の彼が言うならば、それは間違いないことでしょう。客席からみても、喜劇は悲劇を観に行くときよりも「当たり」は少なく感じます。
そのツェドニクが演出した『こうもり』・・・さすがこのオペレッタを知り尽くしているだけあって、実に楽しい舞台となっていました。
新国立劇場で実績のある歌手が演出した例として、『マイスタージンガー』をベルント・ヴァイクル(Br)が演出したことがありました。演出家として実績の少ない歌手を、新国立劇場の演出家として招聘することにやはり疑問の残るところですが、しかしこうして結果を出していることを考えると、オペラ歌手が指揮をする場合よりも、適性を有しているのかもしれません。
アール・デコ調のおしゃれな舞台はとても好感が持てました。『こうもり』を見慣れたオペラファンにも、初めてオペラを観た人にも、十分満足できる舞台だったと思います。細かい演出も、従来の良き伝統を踏襲しながら、「日本」を意識して客席を心地よく楽しませていました。
歌手陣では、アイゼンシュタイン役のヴォルフガング・ブレンデル(Br)が張り切ってくれました。この役のスタイルを彼自身が「エネルギッシュ」と言っているように、彼の舞台でのパワーというか、テンションの高さには、それだけで笑わせてもらいました。私のブレンデルのイメージとしては、シリアスなバリトン歌手だったのですが、それが見事に打ち砕かれました。それとは逆に、フランク役のセルゲイ・レイフェルクス(Br)は、まじめのままでした。こちらは私のイメージは崩れなかったと言えます。それはそれで良かったのかもしれません。
新国立劇場への出演機会の多いエレナ・ツィトコーワ(Ms)のオルロフスキー公爵役は当たり役でした。ロシア出身の歌手ですからね。
その他、アルフレード役の水口聡(T)、ファルケ役のエーデルマン(Br)など、私の好みの声で楽しめました。
プログラムの演出家ノートには、こんなことも書いてありました。
《(初演の頃、本作に接した人々には)主人公アイゼンシュタインが利子で暮らしているという生活ぶりを、時代の最先端を走るような、奇妙でもあり、目新しくもある存在として捉えたようなのです。それは、モーツァルトの『フィガロの結婚』を観た当時の人々が、フィガロの人物像に感じ取った進取的な姿勢にも類する感覚であったのかもしれません。》
フィガロの人物像としては一般的によく知られたイメージですが、なるほど、アイゼンシュタインのイメージもそれと比べて実にわかりやすく説明してもらいました。ふと考えてみると、今の日本でも、ヒルズ族の出現や歴史観をめぐるナショナリズムの見方など、振り子が大きく揺れて、人々が世の中を奇妙でもあり、目新しくもあり、・・・そのように眺めているときなのかもしれません。
「日本」を意識したツェドニクの演出。そこまで日本の事情に精通していたとも思いませんが、興味深い提示だったと思います。
(2006/06/18)
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