マチェラータ音楽祭の行われる野外劇場のアレーナ・スフェリステリオは、もともと中世の球技スパエラなどを行う円形の「競技場」でしたが、1921年に『アイーダ』を上演して以来、座席数6000という「劇場」になりました。イタリア東部、アドリア海沿岸から列車で30分のところにあるマチェラータの市街はとても美しく、付録DVDの映像を見ると、こうした街の野外劇場でオペラを上演するのは実に素敵なことだと感じます。このDVDは、2002年8月のマチェラータ音楽祭『愛の妙薬』のライブ映像です。
演出上の一番の特徴は、普通はピットの中にいるオーケストラを舞台奥に配置して、演奏者(及び指揮者)をオペラの進行に参加させたことです。オーケストラには段差がつけられ、全員が青い服を着ていて、あたかもオペラの舞台の背景の一部と化しています。その上、歌手とやり取りをしたり、反応を求められたりします。
演出のサヴェリオ・マルコーニが、野外劇場の広大な舞台をどのように活かしていくか、考えた上での決断だったと思います。
確かにだだっ広いだけの舞台に何かあると思わせ、いつもは黒子の役回りだったオーケストラが「演技」するのは、客席の楽しさを増幅させました。
しかし、舞台後方の人の動きがなくなり、ソリスト、合唱が主に動けるのは舞台前方に限られたため、舞台に「奥行き」が感じられなくなりました。もちろん、オーケストラの真ん中を通る階段でも歌手は歌いますが、メインは舞台前方での横の動きになります。
また、歌手とオーケストラとのやり取りも過剰気味だったかもしれません。交流のないところで、ほんの少しやり取りがあったとき、普段見ることができない歌手とオーケストラの結びつきを見ることができて、客席はほのかで暖かい喜びに満たされるのでしょうか。
オーケストラの団員の中途半端な演技では客席を喜ばすことはできませんし、むしろオーケストラは演奏に集中して理想的な音楽を奏でてほしいと思います。その点で指揮者のニールス・ムースは、もう少し推進力のある音楽を聴かせてほしかったところです。
歌手陣で注目すべきは、ドゥルカマーラ役のエルヴィン・シュロット(Bs)。まだ若い歌手ですが、このドゥルカマーラという一癖も二癖もあるキャラクターに、新しいアプローチをしてくれました。この「若い」ドゥルカマーラは堂々としていて、人を魅了する力を持った詐欺師といったところでしょうか。熟練のバス歌手が歌うのもいいのですが、こういう新しいドゥルカマーラ像を提示してくれると、オペラを観る楽しみがふくらみます。
アディーナ役のヴァレリア・エスポジト(S)は非常に歌がうまい。特に旋律をレガートに「歌う」ところは、聴いていて実に心地よく感じられます。ネモリーノ役のアキレス・マチャード(T)は、この役のために生まれてきたかのような歌と演技。あまりの当たり役ぶりは、彼が他の役を演じたとき、こちらの先入観を消すのに苦労しそうです。
(2006/01/15)
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