モーツァルトのオペラを語る上でよく言及されるのが、ピーター・セラーズが演出したダ・ポンテ3部作の映像作品です(スミス指揮ウィーン交響楽団、録画1990年)。
どうして今さらセラーズ演出のモーツァルト・オペラを手に取ったかというと、先日、ベルリン国立歌劇場の引っ越し公演でトーマス・ラングホフ演出の『ドン・ジョヴァンニ』を観て、少し退屈してしまったからです。
同じラングホフの演出でベルリン国立歌劇場の『フィガロの結婚』の映像を見たことがあり、そのときはいい印象を持ったので、今回の『ドン・ジョヴァンニ』も楽しみにしていました。
歌手陣に若手を揃えてのこの引っ越し公演は、その歌手達が、みな将来を期待させる瑞々しい歌唱を見せたのにもかかわらず、私には演出の面でおもしろさを感じることができませんでした。ラストシーンの地獄落ちにかけては、バレンボイムが指揮するベルリン・シュターツカペレの勢いある演奏に救われた気がします。
ラングホフの『ドン・ジョヴァンニ』の舞台は、簡素で広い空間が設定され、あたかも何かが起こるかのような期待を持たせつつ、何も起こらなかったような気がしました。
というわけで、その欲求不満を解消すべく、常に何かが設定され、常に何かが起こるセラーズの『ドン・ジョヴァンニ』を手にとったわけです。
ちょうどセラーズ演出のダ・ポンテ3部作のDVDがセットで発売されていたものを、買っておいたところでした。以前に一度見たのは何年前だったでしょうか。ほとんど忘れていたので、改めて楽しめました。
セラーズはアメリカ出身の演出家でハーヴァード大学で学び、アメリカで活躍した後、ヨーロッパにも渡って活躍しています。かなり自由な解釈で演出を施すことから、よく話題となっています。
ちなみに3部作のうち、どれが一番おすすめかといえば、この『ドン・ジョヴァンニ』です。『フィガロの結婚』と『コジ・ファン・トゥッテ』は、少しやりすぎの感があります。そのアメリカの三流テレビドラマのような安さは、おそらく意図的だろうとはいえ、通して見るにはつらいものがあります。また、フィガロ役(ドン・アルフォンソ役も同じ)の歌手を始めとして、歌手の歌があまりにもヘタすぎるのが痛いところです。
なので、3部作のうちどれか一つを見ようとするなら『ドン・ジョヴァンニ』をおすすめします。
この『ドン・ジョヴァンニ』は、セラーズ演出の洗礼を受けるにはちょうどいいと思います。ドン・ジョヴァンニとレポレッロは兄弟の設定であり、しかも、歌手の名前と映像で判断する限り、黒人の実の兄弟がそれぞれ歌っています。アメリカの裏社会の雰囲気を生々しく描いたこのDVDは、極めて斬新です。
けれど、最近では少し見渡してみれば、このような演出もちらほら見受けられるようになりました。「危うさ」や「過激」という基準では、このDVDはもう常識の範疇に入ってしまっているかもしれません。
本当に、現在のオペラはどこへ行ってしまうのかわからないものになっていますね。
欲求不満を解消するためにこのDVDを見て、また何か違うモヤモヤを背負い込んでしまいました。
セラーズ演出のダ・ポンテ3部作は、一つの名物みたいなものとして見ておいて損はないと思います。しかし、もうそろそろ賞味期限が迫っているかもしれません。この映像作品が純粋に楽しめるものとして今後もオペラファンに受け入れられるか、私には興味があるところです。
(2007/12/01)
|